三菱 A7M2 十七試艦上戦闘機「烈風」十一型 [大日本帝国]

Aug. 21, 2004

A7M2

三つ続けて「第二次大戦に参加し損ねた」兵器です。
A7Mは三菱の超有名/傑作機A6M零式艦上戦闘機、いわゆる「ゼロ戦」の直系の後継機として開発されたものです。 これが戦争終結に間に合わない、すなわち開発ペースの上がる戦時中にもかかわらず主力機が5年も代替わりできなかったあたりにも当時の日本の工業力の限界がうかがえます。

#もちろんA6Mだって初期型がずっと飛んでいたわけではなくて幾度も改良を重ねてはいるのだけれど。

同じく開戦から終戦までずっと第一線にあった戦闘機としてA6MはドイツのBf109とよく比較されますが、あちらはA6Mとは比べ物にならないくらい大規模な改修を重ねてエンジンも大出力のものに載せかえ(相当無理もしているが)、最終的にはほとんど別機種となっています(最終のK型は本当に別機種)。 トップクラスではなくなっても現役ではいられるくらいには時代についていく改修を施す余地があったかどうかというのが、戦争末期におけるA6MとBf109の立場を分けることになりました。

#そもそもBf109にはFw190という立派な後継がいる。

#改修に関するこの比較、陸上自衛隊の74式とドイツ陸軍のLeopard Iとの比較にもほとんどそのまま当てはまる。 政治を含めた両国の哲学の違いというか……。

A7Mはまずエンジンの選定で政治的にもめて遅れ、エンジン開発で遅れ、やっと試作機ができたらエンジンの性能不足で予定性能にはるか未達で開発キャンセルされ、「黙認」という形でどうにか続けた開発でエンジンを最初に積もうとしていた自社製のものに変えてどうにか性能を出して制式採用となった、という非常な難産の末にようやく誕生した戦闘機です。
最初のエンジン選定の時点で「誉」統一にこだわらず素直にMK9/ハ43にしておけばこれほどの苦労(エンジンのサイズ、重量がかなり違うので期待設計もやり直し)はなかったのに、というのはよく言われる話ですがまあある意味結果論。 「誉」の性能未達も当時の劣悪な燃料事情と整備状況によるところが大きいようですし。

#ただ、量産機である以上そうした環境条件も考慮して余裕をもったロバストな設計をすべきであり、ハ43の方がそのあたり無理がないから相応しい、という予測は可能ではあったと思うけれど。

ようやく採用になっても今度は海軍側から翼面積拡大やらいろいろと新たな注文がついて設計をいじられた挙句(二十一型)、結局運動性能が悪化して使い物にならなくなってしまったりします。 もっとも制式採用の時点でA7Mの性能はすでに世界トップクラスとはとうてい呼べないものでしたが……。

#なんせA7Mが相手するのはF8FやP-51……。

結局生産機数は試作機の8のみ、量産1号機がほぼ組み上がった完成直前という時点で終戦を迎えます。 1号機はそのまま海中に投棄され、現存するのは武装解除後のA7M2(十一型)試作3号機の写真数点のみで、飛行中はおろか飛行可能状態の写真すら残っていません。

誕生から消滅まで、本当に何ひとついいことのない不遇の生涯を送った飛行機です。


幾多の困難を乗り越えてようやく完成が見えた、というところで時間切れ、ついに空に舞うことなくひっそりと処分されてしまった可哀想な量産1号機がモチーフ。 玉音放送に呆然、といったイメージ。

時節もののため相当急いで描いているので、イラストとしては妥協したり手を抜いたりした点がたくさんです。 その中でも特に発表が遅れた点(「ぎりぎりで間に合わなかった」で8/16発表予定だった)と、ハ43の資料が見つけられずにエンジンがただの金属塊になってしまったことが大きな反省点。


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